9 公認心理師 現状と将来 公認心理師養成の概要 2017年9月に公認心理師法が施行になり, 2018年4月より全国の心理学系学部および研究 科において,公認心理師養成がスタートした。 公認心理師法に規定されている必須科目は,表 1に示す通り,学部では25の講義・演習科目お よび心理実習,大学院では10の実践的演習科 目および心理実践実習が設定されている。各科 目には到達目標とその科目に含まれるべき事項 概要が示されているが,単位数や標準シラバス などは示されていない。また,学部の心理実習 と大学院の心理実践実習については,養成機関 および実習現場における指導者の要件と実習時 間は示されているが,どのような実習を行い, どのように評価するかといった実習の詳細に関 する要件は今のところ規定されていない。 このような状況において,各養成大学・大学 院においては手探りで養成カリキュラムの準備 が進められているわけであるが,当然のことな がら混乱が生じており,公認心理師養成におけ る標準的な指針を早期に構築するべきであると いう声が高まっていった。日本心理学会では, 心理学の基幹学会としての社会的責任と,心理 学教育の発展,さらには公認心理師教育の質保
公認心理師の養成
早稲田大学人間科学学術院 教授鈴木伸一(すずき しんいち)
Profile─鈴木伸一 2000年,早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。 これまでに,国立精神・神経医療研究センター客員研究員,ロンドン大学精神医学 研究所客員研究員,日本認知・行動療法学会理事,一般社団法人公認心理師の会副理事長,公認心理師養成大 学教員連絡協議会事務局長などを兼務。専門は臨床心理学,医療心理学,行動医学。著書は『公認心理師技法 ガイド』(共編,文光堂),『公認心理師養成のための保健・医療系実習ガイドブック』(共編,北大路書房)など。 表1 大学および大学院における必要な科目 大学における必要な科目 A.心理学基礎科目 ①公認心理師の職責 ④心理学研究法 ②心理学概論 ⑤心理学統計法 ③臨床心理学概論 ⑥心理学実験 B.心理学発展科目 (基礎心理学) ⑦知覚・認知心理学 ⑩神経・生理心理学 ⑬障害者(児)心理学 ⑧学習・言語心理学 ⑪社会・集団・家族心理学 ⑭心理的アセスメント ⑨感情・人格心理学 ⑫発達心理学 ⑮心理学的支援法 (実践心理学) ⑯健康・医療心理学 ⑲司法・犯罪心理学 ⑰福祉心理学 ⑳産業・組織心理学 ⑱教育・学校心理学 (心理学関連科目) ㉑人体の構造と機能及び疾病 ㉒精神疾患とその治療 ㉓関係行政論 C.実習演習科目 ㉔心理演習 ㉕心理実習(80時間以上) 大学院における必要な科目 A.心理実践科目 ①保健医療分野に関する理論と支援の展開 ③教育分野に関する理論と支援の展開 ⑤ 産業・労働分野に関する理論と支援の展開 ⑦心理支援に関する理論と実践 ⑨心の健康教育に関する理論と実践 ②福祉分野に関する理論と支援の展開 ④司法・犯罪分野に関する理論と支援の展開 ⑥心理的アセスメントに関する理論と実践 ⑧ 家族関係・集団・地域社会における心理支援に関する理 論と実践 B.実習科目 ⑩心理実践実習(450時間以上)10 ころの心理学に関する専門的知識及び技術に関 する定義を明確にし,それが国家試験(各領域 の出題割合や出題方法)に反映されるように政 策提言を行う。 4.公認心理師制度の根幹をなす心理学の学術 的発展と,公認心理師の質保証に資する高等教 育機関としての大学の在り方を検討する。具体 的には,公認心理師制度の枠を超えて,次世代 の指導者養成(大学教員や実習指導者)として の博士後期課程の在り方について検討する。 5.公認心理師養成における地域格差や大学格 差を是正するために,大学間連携(コンソーシ アム,単位互換制度など)を推進するととも に,実習施設の共有化や資格取得者のキャリア ディベロップメント支援のための全国規模での ネットワークを構築する。 これらの基本理念・活動目的を達成するため に,以下の委員会を設置し,各課題の解決のた めの具体策の検討を行っている。また,日本心 理学会の年次大会に合わせて総会を開催し,各 種委員会の活動報告を行うとともに,会員から の意見聴取,会員相互の交流,今後の課題等に ついての議論の場としている。さらに,日本学 術会議の心理学・教育学委員会健康・医療と心 理学分科会および心理学教育プログラム検討分 科会,ならびに関連諸学会に対して加盟団体と しての参画を依頼し,公認心理師制度に関する 諸課題の解決に向けた情報交換や学術的支援, ならびに人材交流などを推進するための連携会 議を設置している。 ◦学部カリキュラム検討委員会 ◦大学院カリキュラム検討委員会 ◦現場実習検討委員会 ◦国家試験検討委員会 ◦編集委員会 ◦広報委員会 ◦企画委員会 そして,これら諸活動の年次報告として年報 を発行し,公認心理師制度推進室や議員連盟を 証の観点から,上記の問題点に取り組むべく, 学会の公益事業の一環として2018年3月に,公 認心理師養成大学教員連絡協議会(以下,公大 協)を発足させた。 公認心理師養成大学教員連絡協議会の発足 公大協は,科学者−実践家モデルに基づく公 認心理師育成をめざし,養成の質向上に向けて カリキュラム等の検討を進めている。併せて, 各養成大学・大学院が抱える問題を共有し,相 互の連携を図ることを会の基本理念として,以 下のような活動を行っている。 1.公認心理師養成大学における教育の質の向 上のために,各養成大学が抱える諸問題を会員 間で共有し(図1),会員相互の連携をもって 問題の解決を図る。 2.公認心理師の質保証および質の向上のため に,学部および大学院におけるカリキュラム構 成,各科目の標準シラバス,現場実習マニュア ル等について,現状の問題点と改善すべき方向 性を検討し,公認心理師制度の改定ならびにそ の後の制度運用に向けた具体策について,政策 提言を行う。 3.公認心理師法第二条にある「心理学に関す る専門的知識及び技術をもって,次に掲げる行 為を行うことを業とする者をいう。」というと 図 1 公大協のメールマガジン
11 公認心理師 現状と将来 はじめ,関連諸学会や日本学術会議等への配布 を行い,公大協の活動の広報および公認心理師 制度の在り方についての提言を行っている(図 2)。 なお,公大協の会員は,個人会員および組織 会員を基本としており,組織会員については, 公認心理師養成に関わる大学の包括ユニットに 限定せず大学学科,専攻あるいは学問分野(グ ループ)等の単位でも会員登録することができ るようになっている。 公認心理師養成における現状と課題 各大学において手探りで始まった公認心理師 養成であるが,各大学は大きな混乱や課題を抱 えている。公大協としては,各大学の現状を把 握し,今後の課題を明確にすることを2018年 度の重要なミッションとして活動を行った。 具体的には,公認心理師養成大学へのアン ケートを実施するとともに,公大協における 「学部カリキュラム検討委員会」,「大学院カリ キュラム検討委員会」,および「現場実習検討 委員会」において現状と課題の分析を行った。 以下は,各委員会がまとめたレポートの概要で ある(詳しくは,公認心理師養成大学教員連絡 協議会2018年度年報を参照)。 ⅰ.学部カリキュラムの問題点と今後の課題 ①「社会・集団・家族心理学」「学習・言語心 理学」に象徴的に現れているように,ナカグロ (・)科目が多いことによって学部における心理 学基礎教育の希薄化が進む可能性が高い。また 科目あたりの時間数が明記されていないなどさ らなる希薄化の余地を残している。さらに,心 理学実験や心理統計にかかわる科目が少ない。 ②現状の公認心理師制度の運用では,カリキュ ラムの認定は各科目ごとではなく,カリキュラ ム全体を一括した認定となっており,複数の大 学がそれぞれの特徴や強みを生かして,コン ソーシアムを構成してカリキュラムを組むとい うことができない。比較的潤沢な教員を擁して いる大学のみが学部教育,大学院教育のカリ キュラムに対応可能となる状況は,ますます大 学間格差が進行すると懸念される。 ③公認心理師制度における学部カリキュラムで は卒業論文が必須となっていない。卒業論文の 重要性は,2014年9月30日に日本学術会議心 理学・教育学委員会心理学分野の参照基準検討 分科会の報告においても強調されている。卒業 論文を作成することなしには,学部で学んだ心 理学の知識や方法論を総動員して問題解決に当 たるという機会はなく,この機会をなくすこと は学部教育の質の低下を招くと懸念される。 ④「公認心理師」カリキュラムによって各大学 のカリキュラムが画一化されてしまい,各大学 の特色が失われる危険性がある。 ⑤心理学研究者の養成は日本の科学水準の維持 と向上にきわめて重要である。大学院教育が公 認心理師の資格取得のための教育に傾倒してい く状況において,研究者養成のキャリアパスの確 保をどのようにするか議論していく必要がある。 ⅱ.大学院カリキュラムの問題点と今後の課題 ①公認心理師制度において大学院における心理 実践実習の進め方に関する具体的な規定がない ために,「大学院の実習先が確保できるかどう か」,「実習の巡回指導を実習担当教員でカバー できるかどうか」,「大学院の実習を担当する大 学院教員が確保できるかどうか」といった,大 公認心理師の養成 図 2 公大協「2018 年度年報」の表紙
12 学院教育の中で効果的な実習を行うための体制 づくりに関する懸案点が多く指摘された。ま た,各大学が個別に実習先を開拓する状況が進 んだ場合,大学側も実習先側も事務的なコスト が大きくなり,実習先での現場指導を大学側が どのように担保できるかという問題も重なり, 実習の中での実践教育の質の保証が危惧され る。 ②大学院教育において,身につけるべき臨床技 能の内容とその評価方法が不明であるという問 題点が指摘された。また,それらを大学と実習 先とでどのように連携しながら行っていくのか という課題である。 ③大学院博士後期課程の位置づけに関する課題 が指摘された。科学者−実践家モデルに基づく 公認心理師の養成を考えると,今後の臨床研究 の充実や発展は重要なポイントである。その中 で,大学院博士後期課程をどのように位置づけ るかについての議論が必要である。 ④大学と地域の連携の重要性が指摘された。実 習先に依頼する実習内容や実習の評価方法が大 学間で異なると,実習受け入れ先機関の指導担 当者にかかる労力が多大となり,現場実習指導 者に大きな負担がかかることとなる。各大学と 実習受け入れ先機関がともに実習内容を検討 し,均てん化を図ることによって実習指導担当 者の負担を軽減することが可能である。徳島県 では,4大学の医療機関実習担当教員と約10施 設の医療機関実習担当者が一堂に会して「医療 機関実習担当者会議」を毎年開催し(平成30 年度は複数回開催), 医療機関から大学への要 望と大学から医療機関への要望の共有,各医療 機関に共通した指導内容の検討,実習評価票の 作成,についての協議を行っている。これらの 成功事例を参考にしながら,大学における実習 指導ガイドラインの策定が必要である。 ⅲ.現場実習の問題点と今後の課題 ①実習先の確保については,「現場の負担」,「他 大学との関係」,「分野ごとの調整」,「実習内容」 の観点から課題が挙げられた。 ②実習指導者の選定については,「現場実習指導 者の職務・資格要件」,「現場実習指導者および 実習内容の質の担保」などの課題が挙げられた。 ③実習内容については,「主担当ケースの運用 が困難な施設が多い」,「実習先の指導方針と, 大学の指導方針のすり合わせが難しい」などの 課題が挙げられた。 ④巡回訪問については,「巡回訪問の頻度につ いて教員の負担が大きい」,「巡回指導で何をや るべきかが不明確である」などの課題が挙げら れた。 ⑤実習時間のカウントについては,「学生間, 大学間で実習時間の捉え方が異なっている可能 性があり,カウントの仕方について統一した基 準が必要である」,「事前・事後指導において何 をどこまで行うべきかが明確ではない」などの 課題が挙げられた。 ⑥スーパーヴィジョン(SV)のあり方につい ては,「何を目的として,どのような技能や知 識を身につけさせることがあいまいである」, 「学外実習のSVを学内教員が行うことへの倫 理的問題」などの課題が挙げられた。 そして,これらの問題点を踏まえ,現場実習 ガイドラインの策定が急務である。 公認心理師養成の今後 これまで述べてきたように,各大学・大学院 における公認心理師養成は混乱の渦中にある。 養成システムを成熟させ,公認心理師の質の向 上を図り,さらには心理学の学術的発展を実現 するには,心理学の基幹学会としての日本心理 学会や心理学関連諸学会が,公認心理師の養成 機関,さらには現場実習を行う主要5分野(保 健医療・教育・福祉・産業労働・司法犯罪)の 諸施設と連携を取りながら,標準カリキュラム と実習ガイドラインの策定を進める必要があ る。そのハブ的な役割として公認心理師養成大 学教員連絡協議会の役割は重要であると考えら れる。公認心理師制度の枠組みづくりを行政に 委ねるだけでなく,心理学教育を担う当事者と しての問題意識と改善のためのたゆまぬ努力が 重要であると考えられる。